気まぐれすぎな日記帳

中学時代に書いていたものを引き継ぎ。題名はそのときのやつを一部引き継いでいる

春休みの日記1日目

こんにちは


春休みになったわけですが、ブログを書くことが最近流行ってるみたいなので、自分も少し書いてみることにしました。

ネタ帳だけ更新して肝心の記事を書かないというわけには行かないからね。


今日のことを早速書こうと思うが、いかんせん今日は何もしていない。

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きょうはなんにもないすばらしい一日だった

ただ、何もしていないなりに書くことはあるはずなので、それを書くとしますか。

午前中~午後

朝に仕事の連絡をした後に、昼飯も食わずに寝て、起きたら14時になっていた。

最近昼飯をすっぽかして寝ることが多々あるので、少し注意しなければならないね。

昨日も例の通り昼飯すっぽかしたわけだが、この日は体を動かす用事があったので、ハンガーノックだけは避けなければならないと思い、用事に行く前に何か腹に蓄えたわけだ。

飯をすっぽかすとハンガーノックが頭に思い浮かぶのでよろしくない。防げているだけまだマシだけど。

ちなみになんかやる気が出ないときに「カロリー足りてないんじゃない?」と言われて初めて気づいたくらい。

夕方

外出をした。とにもかくにも外出しないとメンタルに来るので理由のない外出は積極的に行うべきですよ。私が言えたもんじゃないけど。

外出先でiPadいじって作業しようとは思ったものの、iPadの充電が切れていることに気づいてちょっと悲しくなってしまった。

ところで、職場や研究室などのコミュニティーに言えそうなことなのだが、顔を出すことって大事よね。

顔を出せば少ないながらもコミュニティーの状況が分かるので、特にコミュニティーの中心でいたい人間に関してはそれを意識するべきではないかと思った。

ツイートなどで、「来て菓子だけ食って帰るだけでも良いから毎日顔を出すべき」だとか、「来てTwitterして帰るだけでも良いので、来ただけ褒めることも大事」とか言われた覚えがあり、個人的にそれに共感したんですよね。

会社や職場の飲み会に関してもできるだけ行くべきなのではないかと思っている人で、中心人物として活躍したいだとか、そこまで行かなくてもコミュニティーで人権を得たいだとか、そういう気持ちがあるのなら顔は出すべきだと考えているなあ。

表の場ではされなかったコミュニティーの事情は知っておくに越したことはないので……

まあそれでもきつかったら無理に行くべきものじゃ無いとは思います。何事も無理するのはよろしくない。

夕食後

夕食後って何もする気が起きないのは俺だけではないはず。

仕事をする気にはなれなかったので(しなきゃ行けないんだけど)、音ゲー(Caelyta)をちょっとやってから作業に入りました。最近音ゲーがプチマイブームだったりするので笑

なんというか、何もしたくないときだったり暇なときって何するかといったら、大抵vtuberや車だったり地理の動画をyoutubeで巡回したり、地図見たり、旅行の計画立てたり、chakuwikiで地理ネタ読んでたりするんですよね。暇な割にツイートはそこまでしない印象がある(TwitterのTLは巡回するけど)。

自分の好きなことだったり興味のあることって、割となにもしたくないときにしていることになりません?

仕事を少し片付けて今の記事を書いている感じなのですわ。

春休みについて

一種の春休みの目標になるんですけど、春休みの日記は続けられるだけ続けてみようかなと思います。どこまで続けられるか分からないですけど。

あと春休みのやりたいことは、車載動画に手を出したり、地理ネタを書いたり、どんな仕事やどんな自分があるのか見つめ直し(た上で4年以降どうやってすごすか決め)たりしたいかなって考えています。

この中でどれだけ実現できるのかは……わからん。そんなもの今の俺に聞くな。未来の俺にでも聞いとけ。

あと新しいことに挑戦したさある。去年の今頃も割と同じようなこと思ってたので、この時期になると新しいものに手を出しやすくなるんかな、知らんけど。

新しいものとかくと結構漠然としているから、自分の脳内でもう少し解像度を上げないと行動しないんよね。

行動力について考えてた話

そうそう、せっかくなので行動力の話をして自分の思想でもひけらかすことにしよう。思考メモの時間だ。

行動力云々の話がよくあるじゃないですか。行動力が無い人間は成功しないだとか……

そもそも自分の中に行動力の概念は無いと思っていて(というより作っていない)、行動しないにもしないなりの理由があるのではないかと思います。

例えば、マインクラフトで建築をして自分のワールドを大きくしたい人が、城を作る話を例に挙げるとして、めんどくさくて結局作らないという件があるじゃないですか。

これ、面倒くさいから結局やらなかったので、その面倒くさがりな性格が悪いという声があると思うんですが、よくよくこの話の解像度をクリアにしていくと面倒くさがりな性格が直接的な原因では無いと思っていて。

その人には他に作りたいものがあるだとか、城は聴衆にそれほど受けない(本当かどうかは知らんが)ので他のものを作るべきだとかの、しないなりの理由があったんだろうなと。

それと同時に、こういう建築が格好いいと思ったとか、自分の建築技術を試したかったとか、はたまた暇を潰したかっただけだとか、する理由もあるはずなんですね。

さらに、理由に関しても程度の大小があって、それが決定に関与しているというのも。例えば、自分の建築技術を試したかったが他に作るべきものがあるので城に時間を割くほどではないだとか。

もしかして行動力って、こういうするしないのメリットや理由だったり、理由の大小を決める自分の判断軸だったりで変わりうるのではないのではないでしょうか。

おわりに

勢い余ってこれほど書いてしまったのだが、おそらく春休みの日記はもっと字数少なくすると思います。と言うより少なくしなければならない。

と言うのも、日記と言いながらこんなに文字数増やしてしまうと、日記を気軽に書けなくなるじゃないですか。あとはそれをする暇があれば仕事なりなんなり他のことをするべきなんですよ。本来自分はそこまで暇ではないはずなんで。

ちなみに思い返すと、中学時代は確実にこんなに1記事の文字は多くなかったし、もっと頻度多く投稿していたはず。

中学時代(小学時代もだけど)、ブログとうごメモと太鼓と東方で溶かしたようなものなので、もしかしたら自分原点回帰している説あるぞ?

原点回帰したところでなんだという話だけど。なんのメリットがあるかは知らないし、調べようとも思わない。

ただ、もう少し毎日のことは気軽に書けるようにしたいですね。

それこそ眠くて今すぐに寝たい夜は140字ほど適当に書いて寝れば良いだけだし、字数に縛りを設けたところで自分の長文を人がありがたがるかと言われれば全然そうは思わないし、自分がつらくなるだけでしょう。

では、この辺にしておくことにしよう。